選べる遺産相続 相談
サラリーマン社会では、自分を殺して、すでにある世の中や企業の「枠」に自分をはめることが当たり前のこととされてきました。
そうした生き方に背を向けて、自分探しをすると、世の中に敷かれたレールに乗れなくなるので、経済的に損をしてしまいます。
そのことは筆者も身にしみています。
若者は就職後、仕事や待遇に疑問を感じ、自己実現や自分探しのために「転職」を考えることになります。
転職すると、一般に給与や待遇が下がることが多いのですが、若者は今の職場や業務内容に不満を感じ、新たな世界、つまり次の転職先に働きがいを求めています。
そこでイメージされる「次の職場でのやりがい」とは、実は転職産業側がつくり出した「キャリァァップ(転職)で自己実現」「転職で年収アップ」というイメージであるケースが多いのです。
「たくさんの仕事をやってみなければ、あなたの可能性は引き出せない」などと畷かれるわけです。
冷めた見方ですが、斜陽化が始まった日本において、年長者社会は、労働市場に新しく入ってくる若者に対して、やりがいのある仕事を残しておいてくれるほどの余裕があるでしょうか。
おいしい仕事があったら年長者が独占しているはずです。
そうした状況で、若者も、社会もすぐには変われないのに、転職ビジネスは常にあなたに変化という「挑戦」を求めます。
そのために、あなたのなかから「夢」をひっぱり出そうとします。
夢自体は、すばらしいことです。
転職はすばらしい挑戦で、やってみる価値は十分にありますが、転職産業が描いて見せる「バラ色の明日」を保証するものではありません。
仕事を変えたところで、自分が変わるかどうかはわかりませんから、転職したところであなたが急に幸せになるわけでもありません。
今の世の中では自分探しものさしが「やりがい」か「年収アップ」に偏っていることが問題です。
企業や職場だけを軸に、自己実現ややりがい、年収アップにこだわる姿勢は「企業中心社会復活」の応援団でもあります。
そうしたマインドの人が増えること自体が雇う側には都合のよいことなのです。
つまり、そうした自分探しが転職ビジネスの成長の糧なのです。
転職後、「こんなはずではなかった」「前の職場のほうがよかった」「なんで転職なんて考えたのだろう」と後悔する人もいるでしょう。
そうしたとき、転職に煽られた自分や、転職産業そのものを恨むことがあります。
ただ、「辞めた後、どんな人生を目指すのか」について決心が足りなかった人がすることだそうです。
決心のある人は、転職産業に頼らずに転職に成功しています。
人生帥年の長さについて考えてみると、そのうち残り加年近くは年金受給側に回り勤労世代のお世話になる計算です。
帥年のうち、後半の半分は既得権者となり安穏として生きようとする人がほとんどでしょう。
他人事ではなく、私も非常に悩んできました。
人々が既得権者として生きることを平然と受け入れる岐路が妬歳、いわゆるパラサイト・ミドルのころだという論があります。
三神万里子さんの『パラサイト・ミドルの衝撃サラリーマン妬歳の憂鯵』(NTT出版)という本は、その世代に当たる筆者にとって、実に身につまされる内容でした。
勤続加年、妬歳のころ、会社に対してぶら下がっている状況に陥ることが多いと書かれています。
サラリーマンは、組織の規則に縛られていますが、時間が経つとそれが自然と刷り込企業社会では、いらない社員にはどんどん出て行ってほしいというのが本音です。
それをサポートしているのも転職産業なのです。
そのお得意様は、正規雇用の環境で育ってきた年長者というより、年長者優先社会のしわ寄せを受けている若者です。
社会の閉塞感をつくり出すパラサイト・ミドルまれます。
「人間として自分は自由な存在だ」と思いながらも、職場のパラダイムから踏み出せない状態に陥るわけです。
業務のIT化が進み、オフィスで過ごすことが長くなる中間管理職は、リスクもなく単に情報処理をする人になってしまいがちです。
その証拠に、彼らが1日何時間も対時しているのは、上司や部下、同僚ではなく、家族でもなく、パソコンの画面なのです。
養老孟司氏によると、こんなことを毎日繰り返していると、自分がなぜその仕事をしているか、何のためにしているか、といったことも、組織内の狭い常識でしか考えられないようになっていくといいます。
組織という一定の方向からの刺激だけが相手になるからです。
人間には自由を求めると同時に、拘束されたいという願望もあります。
拘束されると自分で考える必要性から解放されて、「仕方ない」「なるようにしかならない」という気休めの言葉が自分にしっくりしみ込むようになります。
考えたり戦ったりするのは疲れますから、中年に差し掛かるほどいろいろなもので自分を拘束したり、拘束されたりするようになります。
もちろん、パラサイト・ミドルには、住宅ローン、子供の教育費など背負うものが多く、決められた進路を黙って進むしかないという切ない状況があります。
変われそうで変われない社会の閉塞感をつくり出している張本人が、パラサイト・ミドルという世代なのです。
その一方で、子供の世代には、「夢」とか「挑戦」という言葉を投げかけてしまうのもパラサイト・ミドルです。
若者が自分探しや自己実現に走るのも「パラサイト・ミドルのような姿にはなりたくない」という意識がどこかで働いているとも考えられます。
そう考えると、パラサイト・ミドルには罪深いものがあります。
パラサイト・ミドルは、徹底的に安定的な道、先が読めてリスクが排除できる路線、予定調和の人生を求めます。
そうした計算づくの世界こそ無味乾燥だと気づくことはまずありません。
こうして人生の可能性に決して賭けない世代が年長者としての地位を占め、やがて高齢者となっていくのです。
ビジネスのサイクルがどんどん短期化していくことも若者にとって過酷な状況をもたらしているといえます。
それが今では、中間決算どころか1年の4分の1、つまり四半期で決算が発表されることが一般的になり、ますます株式市場での企業評価のレンジが短期化されてきています。
さらに、海外では四半期の真ん中あたりに中間報告をする企業があり、この流れでいくと月次決算にまで行き着いてしまいます。
短期での業績に一喜一憂することには問題点が多くあります。
例えば、株式がますます短期間で売買され、長い目でみた投資の視点が軽視されかねません。
また、ビジネスの短期評価化で、人材の育て方や使い方も変わってきます。
企業活動を長期として捉えれば、経営の軸としては、何事も「所有」という概念がふさわしいのですが、短期で捉えれば、状況変化に合わせて「レンタル」でしのいでも、とにかくよい数字を出せという発想になります。
「間に合わせる」「何とか数字を出す」という至近目標が優先されがちになるからです。
ひと昔前まで、注目される決算発表といえば、年に1回の本決算だけでした。
確かに、半期の中間決算はあったのですが、それほど話題にはされていませんでした。
企業の通信簿は、半年、1年の単位で発表され、世間も比較的長い目で見ていることが普通でした。
有望な遺産相続 相談のお手伝いをのため、結構珍しい遺産相続 相談だと思います。
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